正常分娩の出産は公的医療保険制度の対象外ですが、吸引分娩による治療行為は公的医療保険制度の対象です。
また、民間の保険においても吸引分娩があった場合は給付金の対象となる場合があります。
本記事では、吸引分娩の場合の出産費用や、妊娠・出産時に利用可能な公的制度について解説します。
この記事でわかること
吸引分娩は保険の適用対象となる
正常分娩による出産は、健康保険などの「療養の給付」の範囲に含まれていないため、公的医療保険制度の対象外です。
一方、吸引分娩は医療行為を必要とする異常分娩に該当するため、一般的に治療費は公的医療保険制度の適用対象となります。
日本の医療保険は、国が運営する「公的医療保険制度」と民間企業が提供する「民間医療保険」の2種類に分けられます。
公的医療保険制度と民間医療保険それぞれのケースで、吸引分娩となった場合の保険適用について解説します。
吸引分娩となった場合の保険適用について
公的医療保険制度の場合
吸引分娩は吸引娩出術という治療行為が行われるため、治療行為に関しては公的医療保険制度の対象となります。
また、吸引分娩以外にも以下のような異常分娩にかかる治療費は公的医療保険制度の対象です。
公的医療保険制度の対象となる治療費
- 帝王切開分娩(帝王切開術)
- 会陰切開(異常分娩にかかる場合)
- 鉗子分娩(鉗子娩出術)
- 流産 など
民間医療保険の場合
一般的に、異常分娩に該当する出産は民間医療保険の対象にもなるため、保険会社から入院給付金や手術給付金などが支給されます。
ただし、保険会社や保険商品によっては、公的医療保険が適用された場合でも支払事由に含まれないケースがあります。
また、医師の診断で正常分娩の範囲内と判断された場合は、公的医療保険とともに民間医療保険も適用対象外となるので注意が必要です。
妊娠や出産を機に生命保険へ加入する際は、保障内容や支払事由を重点的に確認するようにしましょう。
吸引分娩とは?
ここで、改めて吸引分娩への理解を深めておきましょう。
吸引分娩とは、お産がスムーズに進まずに難産となった場合、赤ちゃんの頭に吸引カップを装着して引っ張り出す出産方法です。
吸引分娩を行うことで赤ちゃんの頭に「産瘤(さんりゅう)」と呼ばれるコブのような浮腫ができますが、一般的には2〜3日程度で消えます。
たとえば、お産に時間がかかって母体への影響が大きいと判断された場合や、赤ちゃんの心音が急激に低下した場合など、速やかにお産を終了させたほうが良い場合に用いられる手法です。
吸引分娩を行うには、子宮口から赤ちゃんが十分に下がっている状態の必要があり、場合によっては帝王切開で分娩を行うこともあります。
吸引分娩の際に考えられるリスク
吸引分娩を行った際には、母体や赤ちゃんに対して次のようなリスクがあります。
吸引分娩による母体と赤ちゃんへのリスク
- 赤ちゃんへのリスク:帽状腱膜下血腫(ぼうじょうけんまくかけっしゅ)、頭血腫(ずけつしゅ)など
- 母体へのリスク:会陰損傷(えいんそんしょう)、膀胱麻痺(ぼうこうまひ)など
参照:赤ちゃんがなかなか出ないときはどうする?|国立成育医療研究センター
吸引分娩は、赤ちゃんの頭に吸引カップを装着する必要があるため、挿入する過程で産道が傷ついてしまう場合があります。
また、通常よりも傷が大きくなりやすい会陰損傷や、排尿時の感覚が一時的になくなる膀胱麻痺などが発生する可能性も考えられます。
赤ちゃんに対してもリスクがあり、頭の皮膚の下を覆う膜と骨膜の間で出血が起こることでショック状態になる可能性がある「帽状腱膜下血腫」、骨膜下に出血を来たす「頭血腫」なども起こり得ます。
出産費用
国民健康保険中央会の「正常分娩分の平均的な出産費用について(平成28年度)」によると、自然分娩時の出産費用は平均約50万円で、これに吸引分娩の医療費が加算されます。
公益社団法人日本産婦人科医会の「産婦人科社会保険診療報酬点数早見表」を参照すると、吸引分娩を行った場合の医療費は25,500円で、公的医療保険の適用で自己負担は3割となるため、実質7,650円の支払いが必要です。
吸引分娩が難しい場合は帝王切開が行われることになりますが、帝王切開となった場合は総額60〜70万円程度の手術費用が発生する可能性があります。
妊娠や出産で利用できる公的制度
吸引分娩の費用については公的医療保険が適用されますが、自然分娩の場合はおおよそ50万円の費用を全額自己負担で賄わなければなりません。
その一方で、日本では妊娠や出産時に利用可能な公的制度が充実しています。
妊娠や出産で利用できる公的制度
これらの制度を活用することで、妊娠・出産時の費用負担を軽減できます。
妊婦検診などの助成金
多くの市区町村では、妊婦検診の助成施策に取り組んでいます。
基本的に、妊婦検診などの費用は公的医療保険の対象外なので、全額を自己負担で支払わなければなりません。
ですが、お住まいの市区町村役場に妊娠届を提出する際に配布される補助券や受診票を使えば、妊婦検診時の医療費負担が軽減されます。
軽減される金額は市区町村によって異なるため、詳細についてはお住まいの市区町村役場の担当窓口までご確認ください。
出産手当金
出産時は働くことが難しく、健康保険も適用されないため、医療費が家計を圧迫する大きな要因となります。
そうした妊婦世帯の経済的負担の緩和を目的として、会社の健康保険から支給される手当金のことを「出産手当金」と呼びます。
出産手当金は「支給開始日以前の12ヶ月間の各標準報酬月額の平均額÷30日×2/3」で計算され、仮に標準報酬月額が30万円の場合、1日あたり6,667円の出産手当金が支給されます。
支給期間は合計98日間(出産日以前の42日間と出産後の56日間)で、予定日から出産が遅れた場合はその日数も支給日に含まれます。
出産手当金を受給するには「出産手当金支給申請書」を健康保険組合に提出する必要があるので、妊娠が判明した段階で会社の担当部署まで確認を取っておきましょう。
出産育児一時金
出産育児一時金は、国民健康保険・健康保険の加入者に対して、1児につき一律50万円が支給される制度です。
自然分娩時の出産費用はおおよそ50万円なので、出産育児一時金を受け取ることで出産費用の大部分を補填することができます。
出産育児一時金を受給するには、自分が加入する健康保険組合に申請手続きを行う必要があるので、事前に手続き方法を確認しておき、スムーズに受け取れるように準備しておきましょう。
育児休業給付金
育児休業給付金は、育児休業後に復職することを条件に、会社の雇用保険から支給される給付金制度です。
原則として子どもの年齢が1歳に達するまでの期間中、育児休業前の「休業開始時賃金月額」の最大67%相当が2ヶ月ごとにまとめて支払われます。
受け取った給付金は全額が非課税で、育児休業期間中の保険料等も全額が免除されるため、経済的な不安を抱えずに育児に専念することができます。
ただし、育児休業給付金の申請手続きをしてから実際に支給されるまで、最短でも約3ヶ月程度の時間がかかってしまうので、早めに手続きを行うことを心がけましょう。
まとめ
吸引分娩による出産は異常分娩に該当するため、出産にかかる費用のなかで医療費は全額の3割負担だけで済みます。
また、異常分娩に該当する場合は基本的に民間医療保険の対象にもなるため、保険会社から入院給付金や手術給付金が支給されます。
ただし、医師の診断により正常分娩の範囲内と判断された場合は一切の保険が適用されないため、全額を自己負担で賄わなければなりません。
一方、出産手当金や出産育児一時金など、妊娠や出産時の費用を軽減するための公的制度も充実しているため、これらを積極的に活用して少しでも出産費用を減らせるように努めましょう。
- 石田 成則
- 関西大学教授
正常分娩は一般に、生活上のリスクとはみなされないために公的医療保険制度の対象とはなりません。一方で、異常分娩は明らかなリスクであり、吸引分娩も治療行為の一環とされ、公的医療保険制度の対象となっています。
ただし、費用のかかる生活イベントや一時的な収入の途絶は不時の支出を伴うものであり、一種のリスクと捉えることもできます。そこで国の健康保険では、出産給付金や出産育児一時金を手当てしています。
民間医療保険でも給付対象範囲は広がりを見せています。人工授精や胎児の手術に係る費用を賄う民間保険も登場しており、医療技術の進歩に併せて新規保険の開発が進むことになります。さらに国や企業は、少子化対策の一環として、また働く女性をサポートする目的をもって、フェムテック(女性の健康管理+医療技術革新)を推進しています。女性固有の疾病や健康障害を上手く管理する手法を通じて、女性の働きやすい社会創出を目指しています。