私たちの生活には病気やケガ、災害など日々予期せぬリスクがつきものです。
そのようなリスクへの備えとして保険や日々の貯蓄などさまざまな手段がありますが、人々はどのようにそれらの手段を選択しているのでしょうか。
今回は、保険やリスクマネジメントを研究されている同志社女子大学の大倉教授に人々がどのように保険への加入を決めているのかについてお話を伺いました。

- 大倉 真人
- 同志社女子大学教授
【所有資格】
博士(商学)
【専門分野】
保険、リスクマネジメント、社会保障
【論文】
「地震保険加入の経済分析-後悔理論を用いた検討-」(損害保険研究(第85巻第3号),2023年 単著)
“A Game-Theoretic Analysis of the Sanctions for Breach of Duty to Disclose in Insurance Contracts:A Comparison of the “All or Nothing″ and “Pro Rata” Methods″(Asian Journal of Law and Economics(Volume 13, Issue 3), 2022年 共著)
“Is Insurance Normal or Inferior? -A Regret Theoretical Approach-″(North American Journal of Economics and Finance(Volume 58), 2021年 共著)
“Cournot Competition in the Joint Products Market under Demand Uncertainty″(Managerial and Decision Economics(Volume 42,Issue 5),2021年 単著)
「自然災害リスクマネジメントに関する経済分析」(損害保険研究(第83巻第1号), 2021年 単著)
保険の研究を始めたきっかけ
テーマの前に、保険の研究を始められたきっかけについて伺いました。

そのため保険の勉強は大学三年生までやっておりませんでした。


そんな中、大学四年生の春に保険論の授業を受け、保険への興味がわいたことで保険論に分野を変更し、大学院に進学しました。


同志社女子大学では、保険論とリスクマネジメント論の両方の授業を担当していますし、そもそも両分野は切り離せない関係にあると考えています。
例えば、アメリカにおける保険・リスクマネジメントの学会は「American Risk and Insurance Association」という名称であり、アジア太平洋地域の学会でも「Asia-Pacific Risk and Insurance Association」となっており、このことからもリスクと保険はワンセットで扱われていることがわかります。


人々はどのようにリスクを認知する?

逆に、自身が知らない・知りえない経験や情報がある場合には、リスクを正しく認知できていないこともあるかと思います。


リスクを認知したからと言って必ずしも保険に入るわけではなく、貯蓄などといった保険以外のリスクマネジメントの手段を選択することもあります。


経験したことのないリスクに対して人々は保険などで備えたいと考えるのか?

例えば、死亡リスクのように、誰にとっても経験不可能なリスクがあります。
また、大地震のような大規模な災害も遭遇したことのない人にとっては、経験したことがないリスクの一例ですね。
このようなリスクに対して保険などで備えたいと考えるか否かは、「自分自身にふりかかってきそうか」「発生したときに重大な影響を与えそうか」などに依拠するかと思います。
例えば、大きな病気や手術の経験がない人にとっては、医療保険やがん保険で病気や手術に備えたいという意識は大きくないかと思います。
そして、経験したことのないリスクは、想像がしづらいこともあり、準備を怠りがちになるかと思います。


例えば、死亡リスクは全ての人に関係するリスクですが、その影響は本人ではなく遺される家族に及びます。
よって例えば扶養家族がいる場合だと、死亡リスクに対して保険で備えることをより強く検討することになるかと思います。


さらに例を挙げますと、多くの人は年を取ってきますとがんなどの病気に対する不安が増すかと思います。
これまでにがんを経験していなくても、「がんになれば治療にお金がかかる」という声を聞く機会が増え、「医療保険やがん保険に入っておこう」と考えることも起こり得るかと思います。


しかしながら、若い人における長生きリスクや体が丈夫な人における病気のリスクなどは、どうしても想像がしにくく、よって認知しにくいのは確かです。


人々が保険に加入するときの判断基準とは?

ただ、保険の場合、経験や感情の影響力は大きいのではないかと思います。
そして、この経験や感情が保険加入にプラスの影響を与えるのかあるいはマイナスの影響を与えるのかについては何ともいえないところです。
例えば、「保険に加入しておけば何かあった時に安心できる」と感じる人もいれば、「事故が生じなければ保険料を無駄に支払ってしまうことになる」と感じる人もいるかもしれません。
このように経験や感情は保険加入にプラスにもマイナスにも影響を持つことになります。


保険では感情が意思決定に影響を及ぼしている

楽観主義の人もいれば悲観主義の人もいるのと同様に、安心を強く感じる人もいれば後悔を強く感じる人もいるかと思います。




保険加入についての分析で言いますと、人々は自身の期待効用を最大にすることを目的に保険加入の意思決定を行うとして、分析していきます。
そしてこの期待効用を決める要素は主として二つあり、一つは期待利得、もう一つは利得の分散となります。
よってこの二つ以外の要素である「感情」は考慮外となっています。

- 「期待効用理論」とは?
- 将来の結果に対する不確実性がある状況における意思決定において、得られる満足度(効用)の期待値が最大となるものを選択するとする意思決定理論。

しかしながら、先ほど述べましたように、保険加入の意思決定においては感情が少なくない影響を与えていると考えるべきだと思います。
このような考えを前提に、「後悔理論」に基づく経済モデル分析を行ったことがあり、また現在も「家計における「後悔」「安堵」の感情が保険購入に与える影響の経済学的考察」というテーマの研究を続けています。

- 「後悔理論」とは?
- 期待効用に加えて、意思決定に伴って生じる将来の結果が判明した後における後悔を考慮した上で選択するとする意思決定理論。

生命保険と損害保険における加入の意思決定プロセス

ゆえに人々が「これは生命保険だから」「これは損害保険だから」などと意識して保険加入の意思決定を行っているとは考えにくいと思います。
なお、私がこれまでに行ってきた研究においても、生命保険と損害保険とを特に区別せずに包括的に扱ったことも少なくありません。


例えば、生命保険に固有のものとして、死亡保険のケースが考えられます。
死亡保険においては、基本的には保険契約者自身が保険金を受け取ることはできず、遺族が受け取ることになります。
そうなりますと、遺族にお金をどれぐらい残したいと思うかという気持ちの強弱が重要になってきますし、このことが保険加入の意思決定に影響を与えることになるかと思います。
他方において、損害保険における加入の意思決定を考える場合、例えば自動車保険で申しますと、人身事故が生じた時の損害賠償に備えるなどが主たる目的となるため、遺族にお金を残すという気持ちは関係しないことになります。


保険と金融リテラシー

しかし、日本では多くの人の金融リテラシーが不十分なことから保障の中身についてあまり理解せず、保険契約に至ってしまっているというケースが見られます。なぜ日本の金融リテラシーは不十分なのでしょうか?


さらに、高度経済成長期が典型的ですが、かつてはお金を銀行に預けておくことで、大きな利息が付き、それで問題なく生活できていました。加えて、「足りない分は節約をすればよい」という風潮も、金融リテラシーの必要性が薄かったことの原因の一つではないかと思います。
足りないから投資で儲けようではなく、足りなければ節約をすればよいとなっていたわけですね。


保険への理解が低くなってしまっている理由

例えば、「保険料」「保険価額」「保険金額」という保険の用語は、単語として見た場合同じように見えますが、これらはすべて違う意味で用いられています。

意味 | |
---|---|
保険料 | 保険契約者が保障を得る対価として保険会社に支払う金額 |
保険価額 | 保険の対象を金銭的に評価した金額 |
保険金額 | 保険契約において保険の対象に対して設定する契約金額 |

事故が起こらなければ支払った保険料が無駄になると感じている人が一定数いるように思います。
保険料は万が一の事故に備えるために支払っているものであり、よって万が一のときの保障を入手するための対価であり、本来的には価値があるのですが、それが認識されにくいのかもしれないと思っています。


例えば、地震保険の加入率が低いことがこれに含まれると考えられます。
日本列島には地震のリスクが大きいとされている場所がありますが、そのような場所に住んでいるにも関わらず、何となく地震は起こらないと考えて保険の必要性を感じていない人が多く、このことが加入率の低さにつながっています。
そのため、加入率を上げようと税制上の措置などが行われています。



まとめ
今回は、同志社女子大学の大倉教授に保険加入の意思決定についてお話を伺いました。
今回のインタビューで学んだこと
- 人々は「自身が知る情報」や「これまでの経験」に基づいてリスクを認知するが、経験や情報がない場合、正しくリスクを認知できていない場合がある。
- リスクを認知することと保険に加入することは必ずしもイコールではなく、保険以外の手段を選択することもある。
- 経験したことがないリスクへの対応策は、「自分自身にふりかかってきそうか」「発生したときに重大な影響を与えそうか」などを考慮した上で決まる。
- 感情も保険加入の意思決定に影響を与える要素の一つである。
- 生命保険と損害保険が持つ固有の現象を考えた場合、加入への意思決定プロセスが異なる。
- 保険への理解が低くなってしまっている理由として、「保険契約内容の難しさ」「掛け捨てへの抵抗感」「リスクの過小評価」がある。
経験したことがないリスクに対して、「自分自身にふりかかってきそうか」「発生したときに重大な影響を与えそうか」という点から考えることができるかどうかが保険加入を考える際にとても重要であると感じました。
保険加入の際は、自身にどのようなリスクがあるのかを洗い出し、そのリスクがどのような影響を与えるのかについて考えてみることをおすすめします。