2022年4月から高校の学習指導要領が改定され、金融教育の内容が拡充されましたが、なぜ金融教育が重要視されるようになったのでしょうか。
今回は、社会保障や福祉政策、保険などを主に研究されており、日本保険学会にて理事長を務められている、関西大学 石田成則教授に「金融教育」についてインタビューをいたしました。
監修者からひとこと 1991年慶応義塾大学大学院商学研究科博士課程修了後、1991年~2015年まで山口大学経済学部の助教授と教授を経て、2015年から関西大学政策創造学部教授。2009年3月に早稲田大学にて商学博士を取得。所属学会は、日本保険学会(理事長)、生活経済学会(理事)、日本年金学会、日本労務学会、日本ディスクロージャー研究学会など。
【所有資格】
博士(商学)
【専門分野】
社会保障、福祉政策、企業福祉、保険
【著書】
『変貌する保険事業:インシュアテックと契約者利益』(中央経済社、2022年 単著)
『ライフマネジメントにおける職域保障の役割』(週刊 社会保障、2022年 単著)
『人生100年時代の生活保障論』(税務経理協会、2021年 単著)
『私的年金の商品性改革と新たな役割』(週刊 社会保障、2021年 単著)
『組織価値を高める企業福祉の新たな役割』(週刊 社会保障、2016年 単著)
現在の研究を始めたきっかけ
まず、石田先生が現在の研究を始められたきっかけについて伺いました。
編集部 鎌田
現在、研究されているのは社会保障や福祉政策、保険などが主でしょうか?
石田 成則
今はそうですね。ただ、元々大学院生のころは、現在の研究内容にはあまり関心がありませんでした。
編集部 鎌田
そうだったんですね、主に何について研究されていたのでしょうか?
石田 成則
主に財政や市場のメカニズムについて研究を行っていました。中でも、なぜ市場は企業主導ではなく、消費者主権で実現できないのだろうか、市場がうまくいかないのはなぜかという点に問題意識を抱き、研究をしていました。
編集部 鎌田
興味深い研究内容ですね。市場がうまくいかない理由としてはどういったことが挙げられるのでしょうか?
石田 成則
いくつかあるのですが、1つは「富の偏在」が理由として挙げられます。
編集部 鎌田
「富の偏在」とはどういうことでしょうか?
石田 成則
例えば、「Aの商品」が良くて購入した場合、その商品に対して投票をしているとも考えられますよね。そうすると、所得の高い人は多く投票ができ、反対に低い人はあまりできないということになり、不公平が生じてしまいます。
石田 成則
この不公平をどうやったら解消できるだろうかと研究していたところ、最終的に興味を持ったのが社会保障制度でした。
編集部 鎌田
なるほど、そういった背景があり、社会保障制度について研究され始めたのですね。
石田 成則
また、市場がうまくいかないもう1つの理由として、「情報の非対称性」というのがあります。
編集部 鎌田
「情報の非対称性」とはどういうことでしょうか?
石田 成則
例えば、中古車市場で中古車を売るときに、売り手はその中古車について何年使用し、どの部分が故障し、修理をしたのかなどを把握していますが、買い手側はそういった情報はわからず、外見を見て購入することになります。
石田 成則
このように、会社側が適正な価格や基準で商品を販売していない情報の非対称性があり、市場がうまくいかないんですね。
このことを学んだ際に、「保険」でも情報の非対称性が見られることがわかりました。
編集部 鎌田
保険では、どういった点に情報の非対称性が見られたのでしょうか?
石田 成則
保険の場合は、加入者側が自分自身の健康状態について情報を持っていますが、会社側にはそれを確認することができないといった情報の非対称性があります。
石田 成則
反対に、保険会社の運用能力が高いか低いかについて加入者側には判断できないといったこともあります。このようなことから、保険について研究をするようになっていきました。
編集部 鎌田
市場がうまくいかない理由を学ばれた後に、保険や社会保障制度などを研究されるようになったのですね。
![石田教授インタビューの様子]()
金融教育が注目されるようになった理由
次に、今回のインタビューテーマである金融教育が注目されていることについて石田先生に伺いました。
編集部 鎌田
2022年から高校で金融教育が義務化になりましたよね。なぜいま金融教育が注目され始めたのでしょうか?
石田 成則
いくつか理由はありますが、18歳からクレジットカードが利用できたり、選挙権を獲得できたりと、2022年から成人年齢が引き下げられたことが大きな要因だといわれています。
ですが、私自身の観点からいうと政策誘導の側面が強いのではないかと考えています。
編集部 鎌田
政策誘導が理由だとすると、日本は具体的にどういった状態を目指しているのでしょうか?
石田 成則
これは一つの仮説ですが、日本はアメリカやイギリスのように「自分の力で老後資産を準備していく自助努力型」に向けて国民負担率を抑えていきたいのではないかと考えています。
日本の現在の国民負担率は45%を超えて、5割に近づきつつあります。
編集部 鎌田
アメリカやイギリスと比較すると日本の国民負担率は高いのですね。
石田 成則
そうですね。ただ、フランスやドイツなどのヨーロッパ諸国は日本よりも国民負担率が高いです。特にスウェーデンは国民負担率が60%近くまであります。
編集部 鎌田
日本よりも倍近い国民負担率となる国もあるのですね。
石田 成則
これまで、日本は国民負担率を50%以下に留めることを目標に定めていましたが、今後はどうなるか分かりません。
国民負担率の大きさは、働いている世代が税金や社会保険料で所得が全くない高齢者を養う、いわゆる移転所得の大きさと繋がっています。
石田 成則
日本に住む65歳以上の高齢者は、2055年~2060年で約4割といわれているため、このままいけば移転所得はどんどん増加していき、国民負担率も上がっていくということが考えられます。
編集部 鎌田
確かに、高齢化社会になってきている日本の現状を考えると、税金や社会保険料を上げざるを得ないですよね。
石田 成則
ただ、アメリカやイギリスにはこの移転所得がありません。
アメリカにはソーシャルセキュリティというのがあり、これは公的扶助や生活保護にあたり、ほとんど税金で賄われています。
そのため、社会保障や社会保険とは異なります。
石田 成則
また、イギリスはこれまで年金へ強制加入だったのですが、自分たちで金融機関と契約を結び、預貯金ないしは年金で備えてもよいということになりました。
編集部 鎌田
アメリカやイギリスでは、自分で老後に備えていくような仕組みになっているのですね。
石田 成則
そこで、日本はこれからヨーロッパ諸国のように、国民負担率を高くしていくのか、アメリカやイギリスのような自助努力型に向けて国民負担率を抑えるのか、分岐点に立たされています。
編集部 鎌田
なるほど、そういった背景があり、金融教育が注目され始めたのですね。
石田 成則
そうなんです。金融教育だけでなく、近年、iDeCoやNISAなどが話題なのも、ここに繋がっていきます。
編集部 鎌田
国に頼らず、自分自身の力で老後の資金を準備できるような社会を目指すための施策だったのですね。
![石田教授インタビューの様子]()
日本の年金と生活保護
金融教育が注目されている理由の一つとして、国の政策誘導が挙げられることが分かりました。
ここからは、日本の老後資金となる年金の現状についてお聞きしました。
編集部 鎌田
金融教育が始まった背景の一つとして、自助努力型で老後に備えてほしいという旨をお聞きしましたが、現在、日本の年金はどのくらいもらえるのでしょうか?
石田 成則
日本の基礎年金は夫婦2人合わせて13万程度です。これは家族構成などで少し異なりますが、ちょうど生活保護の水準と同じぐらいなんです。
石田 成則
ですが、これは40年間年金を納め続けた方がもらえる金額です。半分しか納めていない方は当然半分の金額しかもらえません。
石田 成則
そうなると生活保護の水準からは離れてしまいます。そしてその差額を結果として高齢者の方々は生活保護で埋めるという動きになっています。日本はいま、年金と生活保護で老後を過ごす国になりつつあるんですね。
編集部 鎌田
確かに……すべての人が40年間納め続けることは難しいですよね。
石田 成則
また、日本の現状として国民年金が加入対象の非正規雇用で働いている人の割合が増加しています。
以前は、自営業者の制度だった国民年金が今は非正規雇用者の方に多くなってきています。こういった方々は、国民年金だけで生活するのは難しいため、生活保護を組み合わせて暮らしていくことになります。
編集部 鎌田
老後を年金だけで暮らしている方は年々減少してきているのですね。。それは知りませんでした。
海外の金融教育について
編集部 鎌田
海外の金融教育は日本よりも進んでいるとよく耳にしますが、本当なのでしょうか?
石田 成則
そうですね、日本よりも金融教育は行われているかもしれませんが、その成果が出ているかというと、そうではないと考えています。
石田 成則
例えば、海外でも従業員の方が確定拠出年金で自ら金融商品を選択できる制度があります。
しかし、アメリカ人やイギリス人の5割以上は、最初から決められた金融商品の組み合わせを選択しています。
編集部 鎌田
そうなのですね。自分自身で考えて、金融商品を選択される方が多いのかなと思っていました。
石田 成則
その他にもアメリカの研究事例で、機関投資家のポートフォリオと、個人の確定拠出年金のポートフォリオは全く異なるそうです。
やはり、機関投資家のほうが合理的かつ効率的にお金の配分先を決めることができていますが、個人はできていないのです。
編集部 鎌田
海外は日本と比べて預貯金が少なく、株式や債券への投資が大きいと聞きますが、その点は金融教育の成果ではないのでしょうか?
石田 成則
その点に関して、日本は銀行の存在感が圧倒的に大きいため、預貯金の割合が海外と比べて非常に高くなっていると考えられます。
編集部 鎌田
金融教育が進んでいないから預貯金が多いというわけではないのですね。
日本で預貯金の割合が多いのはリスク許容度の違い?
編集部 鎌田
預貯金の割合が多い理由の一つとして、銀行の存在が大きいということが分かりましたが、それ以外にも理由はありますか?
石田 成則
リスク許容度が低いという点が挙げられます。
金融教育を行うということは、リスク教育を行うということでもあります。
金融教育をすることによって、「高いリターンを得るためには、一定のリスクを取る必要がある」ということが学べると考えています。
編集部 鎌田
なるほど……確かに株や債券などはリスクがありますよね。
石田 成則
こういったリスク教育が進めば、リスク許容度を高めることに繋がり、例えば起業をしようといったマインドを持つ方が増えることにも繋がります。
例として、アメリカの開廃業率は日本と比較して3倍~4倍も高くなっており、やはりリスク許容度の違いがあるためだと考えています。
編集部 鎌田
金融教育=リスク教育は、様々な面で良い影響をもたらしてくれそうですね。
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NISAやiDeCoの運用はどのように使いわけをすればよい?
金融教育が行われる理由の一つとして、老後資金に向けて個人で備える自助努力型の社会を目指しているためであることが分かりました。
では、具体的にどのように備えていけばよいのでしょうか?
今回はNISAとiDeCoについて伺いました。
編集部 鎌田
老後資金に備える方法としてNISAやiDeCoがありますが、この2つはどのような特徴がありますか?
石田 成則
一般的なところでお伝えしますと、NISAは2024年から投資枠が120万円から360万円まで増えます。
また、NISAの投資商品は比較的リスクが高いものもあるため、そういう意味では積極的にお金を増やしたい人、リスクを取れる人はNISAを活用するのがよいと考えています。
石田 成則
対して、iDeCoはNISAよりも非課税枠が大きく、運用収益は非課税で、掛け金も所得控除が適用され、将来お金を受け取る段階でも控除があります。
そのため、ほとんど課税されずにお金を増やすことができるため、今急速に伸びています。
iDeCoの購入者について
編集部 鎌田
今伸びているiDeCoは、どういった方が購入されているのでしょうか?
石田 成則
iDeCoは今、公務員と専業主婦の方が対象の個人型が伸びていますが、実は、購入者のほとんどが公務員の方です。
石田 成則
公務員の方は給与や教育水準が高く、情報も持っているため、結果としてリスク許容度が高くなっているためだと考えています。
編集部 鎌田
なるほど……。ここでも、リスクの許容度が関わってくるのですね。
石田 成則
2000年が始まってすぐのころに、金融商品をどういった方が買っているのか調査したところ、その時も公務員の方がものすごく買っていました。また個人年金保険も、公務員の方がすごく買っていらっしゃるというデータがあります。
編集部 鎌田
そういうイメージはなかったので驚きですね……。
アメリカとの違い
編集部 鎌田
ちなみに、iDeCoは日本発祥の制度なのでしょうか?
石田 成則
もともとは、アメリカから制度輸入したものです。
編集部 鎌田
そうだったのですね。日本でできた制度だと考えておりました。
石田 成則
ただ、日本のiDeCoとは少し異なる点もあって、アメリカでこういった確定拠出年金が爆発的に伸びていた理由として、一つは税の優遇ですが、もう一つは教育資金や医療費などが目的であればいつでも引き出しが可能です。
編集部 鎌田
日本では60歳まで引き出しができないですよね。
石田 成則
そうですね。日本は海外と比べて医療保険が充実しているため、引き出せなくても仕方ないといわれているのですが、教育費などであれば引き出せるようにしてもよいのではないかと私は考えています。
編集部 鎌田
子育て支援にもなりそうで、引き出せるのであればとても良いなと私も感じます。
子供たちの金融知識やリテラシーを高めるために親が心がけるべきこととは?
編集部 鎌田
最後の質問になりますが、子供たちの金融知識やリテラシーを高めるために、親が心がけるべきことはありますか?
石田 成則
金融教育では、「賢い消費者を育てる」ことが重要だと考えています。
例えば、お金を一時的に借りるようなことがあった場合、長期的に返済計画を立てないといけないですよね。その時に将来の不確実なことに対して、自分なりに見通しを立てることがすごく大事になってくると考えています。
石田 成則
またこのスキルは、リスクを恐れすぎないということにも繋がると考えています。
就職や転職、さらに言うと結婚など、多くの人が様々な物事に対して、時間的視野を長く持ち、将来を見通すことができるようになれば、もっとチャレンジできる社会になるのではないかと、すごく期待しています。
編集部 鎌田
金融教育はお金のことだけでなく、そういったマインドの面も養っていくものなのですね。
石田 成則
では、具体的に何をすればよいかという点ですが、お金の面で、子供に何か目標を立てさせるというのが良いのではないかと考えています。
石田 成則
そうですね、何か子供が買いたいものに対して、「2~3か月かけてお小遣いを貯めて買いなさい」というようにするなど、目標を立て、達成へのモチベーションを上げるなどが良いかと思います。
そして、その目標が達成された時に子供は成功体験を覚えます。その成功体験が、金融のことをもっと学ぼうという1番のモチベーションになると考えています。
編集部 鎌田
確かに、ほしいものを手に入れるためにどのようにお小遣い管理するかを考えて、購入できた時はとても嬉しいですし、モチベーションにもなりそうです。
石田 成則
そのようなことを日ごろからあまり構えずに、先の目標を子供に持たせて、モチベーションを上げていくということが家庭でできる金融教育ではないかなと考えています。
編集部 鎌田
まずは、目標を立てさせて成功体験を積むことが大事なんですね。
石田 成則
また、別の例でいうと家計簿もよいかと思います。学生の研究で面白かったのが、家計簿のアプリをインストールした後、継続できなかった人が約8割もいたことが分かりました。
編集部 鎌田
私も途中でやめてしまった経験があります……。
石田 成則
もう一つ面白い結果が出ており、学生に対して家計簿をつけているかどうかアンケートを取ったところ、家計簿を付けている学生はほとんどいませんでした。ですが、自分の母親が家計簿をつけていた学生は、家計簿をつけている割合が高いことが分かりました。
石田 成則
こういった家計簿のように、家庭で行われた金融教育は引き継がれるということになるかと考えています。
編集部 鎌田
まずは、身近なことから目標を立てたり、お金を管理することから始めさせるというのが子供に対してできる金融教育かもしれませんね。本日は貴重なお話をありがとうございました。
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まとめ
今回は、石田教授に「金融教育」について伺いました。
今回のインタビューで学んだこと
- 金融教育が注目されている理由の一つとして、政策誘導の側面がある
- 日本はアメリカやイギリスのように国民負担率を抑える方向を目指している
- 海外の金融教育は進んでいるとはいえ、必ずしもその成果が出ているわけではない
- 日本の預貯金割合が大きい理由は、金融教育が行われなかったというわけではなく、銀行の存在がほかの証券会社などよりも大きかったため
- 親が心がけるべきこととして、子供に何か目標を立てさせて、モチベーションを上げ、成功体験を積ませることが大事
日本の金融教育の義務化が始まったのも、政策誘導の側面があったと知り、とても驚きました。
また、「母親が家計簿をつけていた場合、子供に引き継がれることが多い」という結果から、家庭での金融教育が将来のお金の管理や経済に対して関心を持つきっかけになるのだなと学びました。
ぜひ、ご家庭でもお金に関して何か一つ目標を子供に持たせるなど、身近なことから金融教育を始めてみてはいかがでしょうか。