日常生活で起こるリスクに備える手段として、民間の保険や共済への加入があります。
しかし、この2つの違いについて理解している人は少ないかと思います。
具体的にはどのような違いがあるのでしょうか?
今回は、共済・保険やリスク・マネジメントについて研究されている日本大学の岡田教授に共済・保険について伺いました。
監修者からひとこと 1999年4月より日本大学商学部の助手、専任講師を経て、2007年4月より日本大学商学部の准教授。その後、2017年10月から現在まで日本大学商学部の教授と立教大学経済学部の兼任講師を務める。所属学会は、日本保険学会(理事)、日本協同組合学会(常任理事)、日本セキュリティ・マネジメント学会(代議員)。
【所有資格】
修士(商学)
【専門分野】
保険、共済、協同組合保険、リスク・マネジメント
【論文】
「中小企業のリスクファイナンスの動向」(『企業のリスクマネジメントと保険:日本企業を取り巻く環境変化とERM・保険戦略』、2024年、単著)
「生協共済の事業デザイン」(『生協共済の未来へのチャレンジ』、2021年、単著)
「共済協同組合連合会組織の存在意義-所有権理論の視点から-」(『商学集志』、2017年 単著)
「共済概念の再検討-共済一般の概念化と保険理論の適用に向けての準備作業-」(『保険学雑誌』、2017年 単著)
「共済団体の特性に応じた効果的な内部統制のあり方」(『平成27・28年度共済理論研究会論文集』、2017年 単著)
「生協共済のビジネスモデル-競争優位の源泉を探る-」(『協同組合研究』、2010年、単著)
保険の研究を始めたきっかけ
編集部 鎌田
本日はお忙しい中、お時間をいただき誠にありがとうございます。さっそくですが、保険の研究をされるようになったきっかけからお聞かせいただけますでしょうか。
岡田 太
大学3年生の頃にゼミ(研究会)でリスクマネジメントと保険を学んだことがきっかけです。
編集部 鎌田
なぜ、リスクマネジメントと保険のゼミに入られたのでしょうか?
岡田 太
リスクマネジメントという新しい学問に関心を持ったからですね。
今でこそ、リスクマネジメントという言葉は誰もが知っているようになりましたが、当時はまだあまり認知されておらず、「リスク」という言葉も「危険」と置き換えられていた時代でした。
編集部 鎌田
「リスク」と「危険」は、どう違うのでしょうか?
岡田 太
「リスク」と「危険」は同義語ではなく、「リスク」は危険性のある事象の発生確率やバラツキなどの意味であり、対して「危険」はあぶないこと、あぶない状態になるおそれがあるという意味です。
編集部 鎌田
そういった研究をされていく中で、共済・保険について興味を持たれたのはなぜでしょうか?
岡田 太
1999年から日本大学でお世話になった先生の専門が共済だったためです。慶應義塾大学の時の指導教授も、日本大学の先生が入っていた共済の研究会に所属していたこともあり、共済について研究を進めていくようになりました。
編集部 鎌田
現在も共済と保険をメインに研究されているのでしょうか?
岡田 太
そうですね、共済と保険についても研究していますし、自然災害リスクマネジメントに関する共同研究なども進めています。
編集部 鎌田
共済だけに限らず、様々な研究を行われているのですね。
共済・保険の歴史
今回のインタビューテーマである共済・保険について伺いました。
編集部 鎌田
保険は西洋の保険の考えが日本に持ち込まれて来ましたが、共済はもともと日本で始まった制度なのでしょうか?
岡田 太
共済の考え方自体は、家族やコミュニティでの助け合いとして古くから世界中で存在していました。
しかし、「共済」という用語は元々中国語が由来のものです。
編集部 鎌田
日本で生まれた言葉ではなかったのですね。
岡田 太
そうなんです。ですが、「共済」に含まれている「済」は、「経済」という用語が江戸時代から使われていたり、病院で使われていた「済生会」といった言葉のように「済」は「救う」という意味で使用されていました。
そのため、「共済」という言葉も「共に救う」と読むことができ、日本人も理解がしやすかったのでしょう。
編集部 鎌田
「保険」という言葉も中国語なのでしょうか?
岡田 太
おっしゃる通りです。当初は英語のinsuranceを「請負」「請合」などと訳していました。
岡田 太
中国で出された辞書に「保険」と載っていたことと、中国の保険会社がすでに「保険」という言葉を用いていたことからそのまま使用されるようになりました。
日本では日常使用される用語ではありませんので、多くの人は理解がしにくかったかもしれません。
編集部 鎌田
どちらも日本で生まれた言葉だと思っていたため、驚きです……。
現在の共済の仕組みができたのはいつ?
編集部 鎌田
現在のような共済の仕組みができたのはいつ頃でしょうか?
岡田 太
制度としては戦後ですが、ルーツの1つは明治時代の後期終わりぐらいからです。
鉱山労働者などで、ケガをした際にお見舞金で労働者同士が互いに助け合うための仕組みが元々あり、そこから現在の共済へと繋がっていきます。
編集部 鎌田
現在の会社の福利厚生などにも通ずるものがありますね。
共済と生命保険の違いについて
編集部 鎌田
共済と生命保険の仕組みについて、それぞれ異なる点はありますか?
岡田 太
基本的に仕組みは同じですが、細かい点で異なる部分があります。
例えば、共済だと男女ともに掛け金が同じだったり、年齢問わず掛け金が同じだったりすることがありますが、民間の保険ではそれぞれ異なります。
編集部 鎌田
なるほど……。それぞれの加入者の意識にも違いはあるのでしょうか?
岡田 太
共済も保険会社も「相互扶助の精神」としているので、両者に大きな差はないのが現状です。
岡田 太
日本共済協会が2021年3月に「共済事業にかかる認知度調査」の中で「契約している共済・保険商品への考え」について調査を実施しており、「自分が保険金・共済金の支払いを受けなくても、自分の払った保険料・掛金が誰かの役に立っていることを感じられるか?」と質問したところ以下のような結果となりました。
自分が保険金・共済金の支払いを受けなくても、自分の払った保険料・掛金が誰かの役に立っていることを感じられるか?
思う |
6.8% |
やや思う |
21.0% |
どちらとも言えない |
44.0% |
あまり思わない |
19.0% |
思わない |
9.1% |
参照:2021年度 第1回共済理論研究会 共済事業にかかる認知度等調査 結果報告|日本共済協会 企画部
岡田 太
「どちらとも言えない」と答える人が1番多く、加入者は自分の支払った掛け金が他人に役立っていると感じている人は少ないことがわかります。
編集部 鎌田
ただ、「思う」「やや思う」と回答している人もいることから、少なからず相手に役立つものという理解をしている人もいるのですね。
岡田 太
そうですね。ずっと保険料や掛け金を支払っているのにもかかわらず、一度も病気やケガをせず、お金を受け取ったことがないという方もいると思いますが、そういった方が誰かの役に立っているという意識を持てるようになるというのはとても大切だと考えています。
岡田 太
とは言っても、この助け合いの意識はまだまだ一般的ではないため、共済を運営している団体(生協や農協など)が助け合いに対する姿勢や取り組みで多くの方に知ってもらう必要もあると感じています。
編集部 鎌田
なるほど。加入する側も運営している団体側も双方の努力が必要となってくるのですね。
共済と保険の商品が似てきている中で差別化できる点とは?
編集部 鎌田
共済は掛け金が割安、保障の内容が分かりやすいといった特徴がありますが、近年出てきている民間の生命保険の商品でも同様の特徴を持つ商品も出てきていると思います。
この状況下で、共済と生命保険が差別化できる点はありますか?
岡田 太
差別化できる点としては、共済・保険会社ともにいかに経験価値を高めていくかということです。
経験価値とは、「Sense(感覚的価値)」「Feel(情緒的価値)」「Think(知的価値)」「Act(行動などにかかわる価値)」「Relate(社会的経験価値)」の5つを指しますが、その中でも「Relate(社会的経験価値)」を高める必要があると考えています。
編集部 鎌田
具体的には、どういったものでしょうか?
岡田 太
保険に加入する前と後のサービス体験が挙げられます。
例えば、共済金や保険金が支払われるまでのスピードですね。
保険金が1日で支払われると、「こんなにも早く対応してくれたのか」と、お客さんにとってはとても良い経験として印象に残りますよね。
編集部 鎌田
そういったサービス体験が商品の経験価値になっていくのですね。
岡田 太
そうですね。このように従来の保険とは異なる価値を提供していくことが差別化に繋がっていくと考えています。
公的保障制度の理解が共済や保険の満足度に繋がる
編集部 鎌田
公的保障制度の認知や理解が低くなるにつれて、保険や共済に関する満足度も低下するといったデータ(※)がありましたが、なぜ満足度は下がってしまうのでしょうか?
※参照:共済・保険の加入をめぐる実態-共済・保険に関する意識調査をふまえて-|岡田 太
岡田 太
公的保障制度をあまり理解していない人は、必要な部分に備えられていなかったり、無駄に保険をかけすぎてしまったりしているためです。
公的保障制度を理解していることで、将来のリスクに対してどれくらい民間の保険や共済で備えればよいのかがわかりますので、結果として満足度は高くなります。
編集部 鎌田
なるほど。それで満足度が下がってしまうことが多いのですね。
岡田 太
そうです。公的な保障制度を理解していない場合、民間保険や共済についても十分に理解しないまま加入してしまっている可能性があります。
編集部 鎌田
ただ、保険や公的保障制度をきちんと理解するのはなかなか難しいですよね。
岡田 太
全てを理解することは難しいと思いますが、ポイントを知りさえすればある程度は理解ができますので、そこから始めることが大事ですね。
編集部 鎌田
まずは、少しずつ理解しようとしていくことが大切なんですね。本日は貴重なお話誠にありがとうございました!
まとめ
今回は、日本大学の岡田教授に共済と生命保険の違いについてお話を伺いました。
今回のインタビューで学んだこと
- 「共済」や「保険」は、元々中国から日本に持ちこまれた言葉だった。
- 現在のような共済の仕組みができ始めたルーツは明治時代の後期終わりぐらいから。
- 共済・保険ともに加入者の意識に大きな違いはない。
- 共済と保険、これから差別化していくためには「経験価値」を高めていくことが大切。
- 公的保障制度を理解することで自分に必要な保障を理解した上で、共済や保険に加入することができ、結果として満足度が高くなっている。
共済と生命保険の加入者に意識の違いは見られませんでしたが、「助け合い」になっているという意識について加入者も運営団体も持っておくことが大切であるということを学びました。
また、公的保障制度を理解することで万が一の際にどのくらいの備えが必要なのかが分かり、共済や保険に加入する際に過剰な保障をつけたり、保障が少なかったりといったことが防げるということがわかりました。
今後、共済や保険への加入を検討されている方は、公的保障制度からどれくらいの備えが必要となるのかを考えるとこから始めることをおすすめします。